ソニーのQUALIA(クオリア)のことから学んだ事

「さよなら!僕らのソニー」立石泰則 著(文芸春秋)を読んだ。
私は3年前に自ら「さよならソニー」をした元社員だが、このタイトルを見るとやはり寂しい気持ちになります。「本当にいい会社だったんどけどね」と多くの人のソニーに対する声はみんな過去形になってしまいました。私は、数字だけを追ったグローバル化で国籍を無くした企業の行く末を見ている気がしています。
さて、この著書のなかにソニーが失敗した“ブランディング”としてQUALIA(クオリア)の事が書かれていたので、ソニーのQUALIAのことを少し書いてみます。
実は、私はQUALIAプロジェクトに初期段階から関わっていました。
当時私は宣伝部に所属しており 「QUALIA=経済価値ではなく感動価値を追求したソニーの物作りの復権」というプロジェクトを立ち上げたいと出井さんから話しが有り、50周年プロジェクトやVI(ビジュアルアイデンティティ)など商品を横断的に見るソニー全体のブランディングを担当していた私に、宣伝部門でのQUALIA担当がまわってきました。
私は、QUALIAプロジェクトの話しを聞いた時、「これはQUALIAという商品を作るのではなく、全グループの全社員に対してのムーブメントで、ソニーから社会に対して発する、そして日本のメーカーが世界に発するメッセージなんだ。」と解釈しました。
ところが、商品企画の部門では「QUALIA = 高級ブランド」的な捉え方をしていました。
ソニーは高級ブランド品を提供してきたのではなく、いいものを大衆に提供してきた会社で、それがソニーのブランドを作り上げてきたと私は思っています。だからその事を分ってもらうために、私は最初に、「ソニーの今までの商品で、QUALIA(感動価値の提供)と言えるものは何か」という資料を作りました。
内容は「ウォークマン=QUALIA」(高音質のオーディオをどこでも誰でも楽しめる感動価値の提供)というものです。
これは、誰も異論が無いものです。だから、「次の時代の”ウォークマン的感動価値”を考えよう」「ネット時代のウォークマンは?」「ウォークマン的感動価値を家電以外で提供できないか?」こういうムーブメントさえ起きればソニーはきっと何か作りだすと私は信じていました。
しかし、結局出てきた商品は超高級ブランド的な作り手の独りよがりな物ばかりでした。
その物達が証明するように、商品企画部門では、QUALIAはSONYのサブブランドのような意識をしていたと思います。
そんな時、役員の中で唯一 QUALIAがサブブランド的にとらえられていることにはっきり異論を唱えた人がいました。それは久夛良木さんです。「SONYが作る物はどれもSONYだろ!QUALIAブランドなんてありえない。」
ソニー本体を最も嫌っていた久夛良木さんが、一番ソニーを信じて愛している人間だと感じるその言葉に「ここにソニーがまだ残っていた!」と感動したのを今も覚えています。
久夛良木さんにとってはQUALIAなんてバカバカしかったのでしょう。なぜなら、プレイステーションはQUALIAそのものだからです。プレイステーションは、ゲームの感動価値の幅を広げた「ゲーム業界のウォークマン」です。そしてその商品はSONYの商品です。
私は、他の役員達はソニーの事をもう信じていないのだなと感じました。「QUALIAブランドのような商品を出すと、じゃぁ 他のSONY商品は何なんだ?」というあたりまえな事に疑問を持たない訳ですから。
そんなことで、SONYのロゴが無いSONY商品ができることだけは無くなりましたが、私の願ったソニーのQUALIAを感じる商品はひとつも出ないまま、そして社内・社外ともにQUALIAプロジェクトは誤解されたまま終わりをむかえます。
私的には、正確にはQUALIAプロジェクトは
「QUALIAムーブメント」→「QUALIAプロダクツ」→「QUALIAビジネス」といつの間にか名前が変わり関わる人間の増加とともに終わりを告げました。
思えば犬型ロボットの「aibo」も同じように「aiboビジネス」という名前が出始めたところから一気に終わりを告げています。
「経済価値から感動価値へ」で始まったプロジェクトは、いつのまにかまた「経済価値」を求めるようになってしまったんですね。

私は、QUALIAの志はどんな仕事においても基本となるものだと今でも思っています。
商売がうまく行かない時は、きっとお客様の姿ではなく札束のこと頭の中をよぎっているのだと思います。
そして、日本人というのは頭の中に札束をよぎらせる事が最も苦手な人種のようにも思います。
だから、いろんな国から日本のものや文化や行動が評価されていたのじゃないでしょうか。

こうやって記事にして書いてみると、ソニーからはいろんな事を学んだなと感じます。
ほんと、いい会社だったなぁ。

さよなら! 僕らのソニー (文春新書)

さよなら! 僕らのソニー (文春新書)